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日本には「富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という言い回しがあると聞いている。もしそうなら、僕は今回で3度目だから間違いなく後者にあたるであろう。

初めて富士山に登ったのは、2度目に日本を訪れた1994年、僕が13歳の時である。父と父の友人の松浦克美さんも一緒であった。登ろうと言い出したのは僕であったにもかかわらず、登り始めてからしばらくして、やめれば良かったと後悔の念がよぎり始めた。頂上に近づくにつれて、高山病の症状が現われ、激しい苦痛に襲われたのだ。その時に2度と登るまいと心に誓った。

喉元過ぎれば熱さを忘れるではないが、立命館大学に入学する直前の2001年に、和歌山の高校の交換留学生の一人であった同級生のジョン・スワンソン君の希望で再び登ることになった。前回は日帰りだったのに対して、今回は午後から登り始め、山頂で仮眠をとり、ご来光を拝んだ。しかし、又もや僕は下山途中に激しい高山病にかかり、再び2度と登るまいと固く心に誓ったはずであったのだが。。。

今年始めになって、路子が富士山に登ってみたいと言い出したので、他の友達を誘って一緒に登ることにした。東京でプログラマーとして働いているジョン(彼は2003年に一人で又富士山に登っている。)も喜んで参加すると言ってきた。ジョンと僕は友達を集め、最終的に12名の多国籍団(アメリカ人3名、日本人4名、フランス人5名!)で行くことになった。ジョンと僕にとっては3回目になるものの、他に登ったことのある人は誰もいなかった。

富士山には登山ルートが幾つかある。以前僕は東側のルートを使った。今回は時間的、距離的に短いということで南側の富士宮ルートで行くことにした。その分直角に近い斜面を登ることになるので、非常に登り難い。

だから、今回は今までと違って十分なエネルギー源となる食料と水、酸素の缶、ハイキング用ステッキ、まともな登山用の靴等で万全な準備を怠らなかった。

このNASAワールド・ウインドが撮影した衛星写真は僕らが登ったルートを示している。僕ら12名は頂上まで同じルートをとり、その後は僕と路子は他の人達とは別に、あまり利用されていなさそうなルートで下山し、集合場所である五合目まで仲間の誰とも会うことはなかった。ちなみに、別行動をとった為、僕ら二人が一番遅く戻った。

以上が概要で、これからは写真を見せたい。僕らは夜の11時半に出発し、頂上に翌朝4時半頃に着いた。夜空の写真は上手く撮ることができなかったが、太陽が昇った後は沢山写真を撮ることができた。

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